人間は、いささか往生際が悪い。そう思えてならないのは私だけではないはずだ。
 「あなたは癌で、余命は一年です」
 たとえば、そう医者に診断されたとする。私なら残された一年をどう有意義なものとして使えるか考えると思うのだが、ある人は自分を見失って周囲に当り散らすかもしれない。あるいは、どうせ死ぬのだからと犯罪に手を染める人も、散々悪いことをしていた人が最後に改心するということもあるかもしれない。まあ今の世の中で、これから不老不死の霊薬を探しに行く人はいないとは思うのだが、不老不死に異常な執着をみた人間は多くいた。
 かのアドルフ・ヒトラーも、その器に溢れる水を飲めば不老不死になれるという伝説の聖杯を探していたなんていうオカルティックな噂があった。ハンガリーはトランシルバニア地方の名家、バートリー家に生れたエリザベートは、自身の肌の衰えを若い女性の血を浴びることで抗おうとしていたという。他にも『人魚の肉を食べる』『竜の生き血を浴びる』など、とにかく不老や不死についての話はいくらでもある。
 現代から未来にかけて真剣に考えるなら、『医療技術の進んだ未来まで体を冷凍保存する』や『人格をバーチャル世界にコピーしておく』などが妥当な線か。『山に篭って修行し、仙人になる』という選択肢も残されてはいるが、信頼のできる師匠が見付からない限り、お勧めできない。
 しかし死にたくないのは当然で、わからない話ではない。『老い』や『死』に対する恐怖からくる、『不老』や『不死』への憧れ。全宇宙を震撼させたあのフリーザやベジータもドラゴンボールで不老不死になろうとしていた。
 誰かを犠牲にしたり、周囲に迷惑をかけなければ、往生の際でいくらもがこうがさしたる問題ではないと私は思う。
 しかしだ。その往生際の悪さを発揮し、周囲に迷惑をかけていながら、全く気が付いていない人たちがいるのだ。忌々しき問題である。
 私としてもあまり人ごとではないのだが、男性なら一度は悩む事があるかもしれない。薄毛、もしくはハゲだ。
 最近TVを見ていれば、クドイくらい繰り返しそのCMを目にする。ア○ランスやリ○ブ21などの、いわゆる発毛・育毛の宣伝だ。最近の主流は『運命変わるほど蘇る』と某BIGな女性シンガーも歌うように、やはり発毛だろう。自分の髪がまた生えてくるのだ。夢のような話である。
 それが一昔前ならば植毛、元祖はカツラだろう。植毛なら期間を空けて段階を経て徐々に増やしていけば、焦りさえしなければ実に自然にフサフサへの道が開かれていく。だがカツラには、それができない。
 たとえば、借金苦に喘いでいた友人が、数日も経たずに突然ベンツを乗り回していたとする。実に不自然な光景に、疑問を抱かずにはいられないはずだ。「その車どうしたんだよ。宝くじでも当たったのか?」私なら、そう質問せずにはいられない。これが真っ当な反応というものだ。
 しかしだ。とある会社の、とある部署に、陰で『ツルさん』とあだ名された部長がいたとする。もちろん頭が見事に『ツルさん』なのだが、年末年始の長期休暇明けの初出勤の日、そこに『ツルさん』の面影はなくなっていた。黒々とした立派な毛髪が北風になびいているではないか。あまりの違和感に言葉を失うかもしれないが、それを現実として受け入れなければならない。
「見事なカツラですね。イメチェンですか?」口が裂けても会社の上司に、そんなざっくばらんな質問などできまい。だが気になって仕事も手につかず、報告書一つ出しに行くときでも目線はそこに釘付けになる。聞きたくて、ツッコミたくて仕方がない。しかしそれは容易な作業ではないのだ。大変迷惑な話である。
 まずここで言及しておかなければならないのが、カツラは『ハゲを隠す』ものであるということだ。カツラを装着することにより、ハゲであることを隠すのだ。それを大前提とするならば、カツラがバレた時点でハゲがバレてしまう。ハゲた人がそれを隠すためにカツラをかぶった時、同時にカツラであることがバレてはいけないという宿命を背負う。
 だが、どうだろう。それでも私たちは見破ってしまうのではないだろうか。『パサパサで、いかにも人工毛っぽい』『生え際を無視してのっかってる』などポイントはいろいろあるだろうが、その異質感に気付いてしまうのだ。
 気付いてしまうと、とても気まずい。そして,何よりここが一番の問題なのだが、当の本人はバレていることに気付いていないらしい、ということだ。
 そうすると、どういう状況になるか。
 ある日リニューアルした部長が、得意先の会社へと挨拶に出かけた。先方は別人と化した部長に戸惑いながらも、笑顔で迎える。「しばらくだね。ずいぶん若々しく見違えたようだが、元気そうで何よりだよ」上ずる目線を必死に堪える。すると部長はこう言うのだ「まだまだ現役でがんばらないといけませんからね」先方の苦笑は言うまでもあるまい。
 ハゲをさらけ出している人は、自分がハゲであることが周知の事実であることを自覚している。だがカツラの人には、それがない。バレていることを知らずに、何食わぬ顔で生活している。周りの人たちはすでにバレていることがバレないように、一語一句に細心の注意を払いながら接しなければならない。まるで現代版『裸の王様』のような状態だ。
 話を戻すが、カツラが『ハゲを隠す』ものである以上、それがカツラであることがバレてはいけない。では、カツラであることがバレて、連鎖的にハゲがバレ、『ハゲを隠す』という目的を果たすことが叶わなくなったそれを、カツラと呼んでいいものか。それは、ただの『毛の帽子』ではないのか。
 順調に挨拶回りを終え、部長は部下を引き連れて行き付けの居酒屋へと向かった。先方の「若々しくなった」という言葉を思い出しながら、うまい酒に酔いしれていく。部下達も盛り上がっているようだ。
 宴もたけなわになったころ、そこに居酒屋の大将の幼子が顔を出す。そしてこう言うのだ。「ツルツルのおじちゃん、今日はフサフサのお帽子かぶってどうしたの?」その場にいた全員が息を呑む。大将の身が凍りつく。部下達の酔いも一瞬にして吹っ飛んだ。部長も固まったままだ。数秒の沈黙が重くのしかかる。誰もが逃げ出したい衝動を抑えて幼子の身を按じていた。
 やがて部長は深く息を吸い込み、幼子に答える。「ツルツルだと寒くて風邪をひくだろう?だから、お帽子で暖かくしてるんだよ」そしてにっこと笑い、幼子の頭を優しくなでる。
 かくして部長はその夜の一件以来、『器の大きな男』として部下からの信頼もより厚くなり、バリバリ仕事をしたそうな。めでたし、めでたし。
 カツラを装着するなら、ぜひバレないものにしてほしい。それが社会のルールであり、より健全な人間関係を保つ方法なのだ。
 
 
メガネの凡凡堂
藤っちゃんの大きな独り言
藤っちゃんの大きな独り言
毛の帽子
トップ
セレクトフレーム
ヴィンテージ
サングラス
キッズフレーム
周辺小物
ドリブラー
コンタクトレンズ
補聴器
ルーペ
双眼鏡&顕微鏡
リペアー&フィッティング
色弱用メガネ
メガネの凡凡堂
Copyright(c)2001 Bonbondo All Rights Reserved